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3月, 2025の投稿を表示しています

教科書:人間中心のAI社会とデータサイエンス

お世話になった鈴木陽一先生が監修の教科書が出版されたと聞いて,購入してみた.データサイエンスは今どきを生きるには欠かせない知識である.ざっと目を通してみたところ,コンピュータや生成AIの何たるかを一般教養として理解するには良い内容が書かれている気がする,大学生や将来ある技術者諸君にはお勧めしたい.生成AIが登場する迄の計算機の発展や,これから生成AIとどう向き合って行けば良いかなど,今どきの一般教養として相応しい内容が含まれている. ペラペラ読み飛ばしながらページを捲るうちに,とある図に目が止まって,あれこれ昔のことを考え始めた.学生時代から,美しい音の響きや不快な音のことを追って来たことを思い出したのである.良いや不快は知的処理,ときには感情処理のレベルが関係する.これは心象の世界である.それを物理的な実体を伴うものづくりの世界と結びつけるには,感覚処理のレベルで捉えねば上手くいかない.感覚を計量する技はそれなりに存在したが,感情や知的処理のレベルに立ち入る技は用意されていなかったのである.生成AIは知的処理のレベルが得意である.急激に発展して実用化の段階に至っている.まもなく感情や感覚のレベルに適用領域を拡げていくのだろう.五感に相当するセンサーと繋がって,ロボットという身体を持てば,人間などの動物と同じである. この図を見て,何故か哲学の認識論のことに想いが至った.身体情報処理という言葉に反応したのだと思われる.人間の認識が物理世界をどう捉えているか,そんな問題を扱うのが認識論だと思えば,生成AIが哲学の世界にも進出するかもしれない.心理世界と物理世界の二元論に立つと,両者の間に存在する越えられない壁が,もしかしたら解消するのではないか?という期待を抱いた訳だが,的外れだろうか?人間が生きている物理的世界の実在を確信するには,身体感覚が重要な役割を果たすという.身体を動かすことによって,身体の内外にある物理的世界の反力や応答を統合的に感じる経験の積み重ねが必要なのかもしれぬ?  そういえば,娘が小学生時代のミニバスの指導者は心身二元論(心物二元論)が基盤だった.競技力は身体能力や物理的な条件に加えて,心の持ちようにも依存するという考え方である.一方で,娘が中学生の頃のソフトボールの指導者は,心身二元論は嫌いだと言っておられた.推測の範疇ながら,理学部の...

文庫本:ヤマト建国の真相

 先週に読んだ文庫本だが,仮説の部分もありながら,ヤマト統一政権の成立ちに関する解説がなかなか腹落ちする.著者の瀧音氏は早稲田大日本史学科のご出身で,古代出雲地域史の研究で博士(文学)の学位を取得,駒澤大の教授を経て現在は名誉教授というれっきとした歴史学者である. 邪馬台国の所在地は畿内,卑弥呼はヤマト統一政権の祭祀を担う初代の神聖王だという.統一政権成立前の倭国は,交易ルートによって5大勢力+1に分れていた.後漢に朝貢して金印を授かった奴国は伊都国と共に北部九州勢力を代表していた. 三国時代になって魏が朝鮮半島支配を強めると,これに対応すべく各地の勢力は会同し,会盟を結んで奈良盆地の纏向に統一政権を樹立する.最初に吉備の瀬戸内海中部連合と畿内連合,追って東海連合+タニハ,次に北部九州連合が加わり,最後に出雲連合が加わった. 初期のヤマト統一政権では,祭祀を担う神聖王(主系列)と軍事を専門とする執政王(副系列)が並立する体制だったのが,紆余曲折を経て天皇に収斂したという.論拠などの詳細は割愛する. 征服ではなくて会盟によって統一されたという国の成立ちや,権威(祭祀)と執政が分離していたという体制は,その後の日本の歴史や現代の日本人の気質や政治体制にも引継がれている気がする.そういう意味で納得感のある一冊だと思う.

文庫本:人類の起源

 国立科学博物館館長の篠田謙一氏の著書である.現代の人骨と古人骨のDNAを読み解くと,有史以前の人類が辿った道筋が見えて来るという.野生動物の暮らしに近い狩猟生活を脱して,自然の生態系を操作して食料を増産し,個体数を爆発的に増やしたのが我ら人類の歩みである.そして,その営みの影響は,地球の限界を超えつつある.何億年もかかって出来た地球の生態系を,ほんの数千年の文明社会が破壊しようとしている.人類の起源を探るのは,文明とは何かを問うてみることかもしれない.