300ページ弱の文庫本だったが,土曜に前半を読んで後半を昨夜読み終える.後半には戦中・戦後の研究の進展が書かれている. 明治初期には縄文土器も弥生土器も見つかっていたが先住民が遺したものと思われていたのが,大正時代になると生物学的な人種と文化学的な民族が区別されはじめ,古人骨の実証的な調査が進むとともに縄文土器と弥生土器の時代の前後関係が解明される.縄文土器は先住民族のアイヌが遺し,弥生土器は日本人の祖先が遺したものという人種交替説が登場する.しかし,皇国史観が強まった戦中になると,日本人はずっと日本に住んでおり外来ではないとの人種連続説以外は唱えられなかったようだ.戦後になって外来民族が弥生文化をもたらしたとの学説が唱えられるようになる.登呂遺跡の発掘ブームを経て弥生時代への理解が深まり,移民との交雑によって縄文人及び縄文文化は混血・変形したとの縄文/弥生人モデルが有力な日本人起源論になる.こうして弥生文化の延長上に日本の古代史が位置づけられるようになったのは1960年代のようだ.これが二重構造モデルに発展し,日本文化の深層ないし基層に縄文文化があるとの近年の理解に至ったのである.文献に依って立つ歴史は語られる社会を反映するとは聞くところだが,科学的な根拠に基づくはずの人類学ないし民俗学にも似たところがあるようだ.そんなことを思うと,教条的な国政左派の主張はさることながら,右傾化が進む国政右派の動向にも気になるところがある.事実を知りたいと思うのは人の自然な欲求であり,大切なのは真実の解明なのだと思う訳だ.