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1月, 2023の投稿を表示しています

昭和31年の物価とその後の推移

昭和31年の物価というポスターを見て,記憶にある限りの昔の物価を思い出してみる.初めてお金を持って近くのお店へ買い物へ行ったのは幼稚園児の頃だから1968年ぐらいじゃなかろうか?10円でアイスバーを買った記憶がある.カップのアイスクリームは20~30円したと思う.小学生になって一日10円の小遣いを貰うようになる.たこ焼きを4つ10円で買ったのを覚えているが,間もなく3つ10円が相場になった.菓子パンはひとつ25~30円ぐらい,牛乳は20~25円ぐらいだったと思う.豆腐はよくお使いを頼まれたが,一丁20円ぐらいじゃなかったかと思う.10円でおからを買うとかなりの量があって驚いた.卵は10円,15円,20円と3グレードほどあった記憶である.わら半紙は1枚50銭,鉛筆は1本15円ぐらいのところ,ハイユニという三菱の高級鉛筆は2倍ぐらいした.公衆電話は10円,ハガキは7円,封書は15円だった.中学生になった1975年頃はたこ焼きひと舟(12個)100円だったかな?高校生の頃には150円ぐらいに値上がりしていたように思う.この間,3つ10円が1つ10円見当になったのだから約3倍に値上がりしている.菓子パンは70円ぐらいになっていたようなので,約2.5倍である.東京区部の消費者物価指数だが,グラフを見ると1970年の約550が1980年に約1300と2.4倍ぐらいになっているのでオーダーは凡そ合っている.大学生になったとき王将の餃子が一人前130円だったが,これも間もなく150円に値上がりした.眠眠の餃子は180~200円の記憶である.鳥新の焼鳥は1本100円見当だったかな?マクドのハンバーガーは180円である. 社会人になって東京へ来た頃,中華屋で餃子一人前の相場が400円だったので驚いた.当時は関東に王将チェーンが無かった.マックに390円のサンキューセット(ハンバーガー,ポテト,ドリンク)が登場する.間もなくバブル景気で物価は上昇するが,高くても良質なものが求められる.バブル崩壊後は長期間物価はほぼ上がらず,東京区部の消費者物価指数は1,800辺りで頭打ちとなっている.1970年頃の約3.5倍である.卵以外は子供の頃の記憶を4倍ぐらいすれば概ね辻褄が合うものが多い.しかし,2000年以降の物価はむしろデフレ方向に推移する.マックのハンバーガーが100円を切り,吉野家の牛丼...

ハードロック系バンドのバラード調の名曲

ふと,KISS随一のヒット曲である"Beth"の収録にポール・スタンレーとジーン・シモンズが反対していたという記事を見かける.バンドのイメージにそぐわないという理由だったようだが,結果は全米ヒットチャート7位でバンドのイメージソングである"デトロイト・ロック・シティ"よりも大ヒットとなっている. バラード(ballad)とは,ゆっくりとしたテンポで,切なく感傷的なメロディを持つ曲の総称である.ハードロック系バンドのバラード調の曲って,とてもしっとり美しい,45年近く昔のこと,そう思って聞き入った曲がいくつかある.その記憶を辿って久々に聴いてみる.スローテンポで聞かせるのは演奏としては難度が高い.だけど,どれも名曲だとあらためて思う.心に残る代表的な5曲ほどを,この際メモしておくことにする.この他にも未だ捨てがたい曲もあるのだが,昭和というのも変だけど,今どきはどの曲も忘れ去られているかもしれない. KISS:” Beth ” AERO SMITH: “ You See Me Crying ” Rolling Stones: “ Angie ” Led Zeppelin: “ No Quarter ” Deep Purple: “ Mistreated ”

身近に暮らす外国人の増加

昨日に駅前通りを歩いていると,焼肉屋から居抜きでベトナム料理屋に変っていたお店がステーキ屋になっていた.ここのところベトナム料理屋が次々開店して中華屋よりも多くなりそうな勢いだったのだが,流石に過当競争になってきたのだろうか?食材店なども含め,街のベトナム色が濃くなるのが気になっていたところである. 市の戸籍住民課が公表する外国人数をグラフにしてみると,2017~2021年の5年間で外国人数は33%増加している.最も多い中国人が2020年以降のコロナ禍で頭打ちになったのに対して,ベトナム人はこの5年間で倍増しており,仮にこの勢いが続いているとすれば今頃は1200人に達しているだろう.かつて街中で目立ったブラジル人の2倍近い人数である.ちなみに外国人の総数は市の人口の3%に相当する.ベトナム人に関しては,市内での住居分布は分からないが,仮に駅近くの八千代台地区に集中していると仮定すると,地区の人口3.5万人の3%程度にはなる.実感としてはもっと多い気もする.そして,絶対数は未だ少ないが,増加率でいえばスリランカ人も倍増している.昨日入ろうと思っていたカレー屋はスリランカ人のお店だったと思う.また,実像は不明ながらその他の国籍も増加傾向にあり,市内に暮らす外国人の多国籍化が進んでいるようだ.未だこの先,街の風景は変わっていくのだろう.いくら年月を経ても,京都のようになりようもないのは仕方がない.

「先生」と呼ばれる職業

 「先生」と呼ばれる職業がいろんな辞書でどう解説されているか?辞書の編纂をされていた方のブログに記載されている.代表的なのは議員だが,そもそもは,家事を手伝いながら勉学する書生たちがお世話になっている家の主人を「先生」と呼んだことから始まったという説があるそうだ.書生を家においたのは議員に限らず,実業家や医者,弁護士などもいたらしいので,そういう職業が先生と呼ばれる所以だという.それならば,学校の教師は違う気もするが,江戸時代の藩校や私塾は住込みだったようなので,その名残かもしれない. ところで,建築業界では設計事務所の設計士を先生と呼ぶ習わしがある.若い頃,同じように建築科で机を並べて学んだ仲間が,就職先が違うだけで先生と呼んだり呼ばれたりすることに違和感があったものだ.それでも馴れてしまえば何のこともない,専門技術コンサルとして経験を積むにつれて,違和感どころか次第に馬鹿な設計士ほど面白がって先生などと呼ぶようになってくる.下手すると,自分が建築士の免許を持っていて相手が持っていなかったりする.いやまぁ,そんなことを言ってはバチが当たるかもしれない.しかし,何故設計士が先生なのか?辞書の定義をよくよく見ると,おそらく設計士は芸術家のカテゴリのうちなんだろう.勤め先では作品主義などと言っているものの,同じ社内の設計士を先生と呼んだり呼びあったりする社員は見たことがない.自分も博士号を取得して大学の非常勤で授業を担当するようになると,学生や大学の先生方から先生と呼ばれたりすることがある.学生はともかく,本職の大学教授から先生と呼ばれると,それは勘弁して下さいという甚だ気恥ずかしい思いが湧くものである. そもそもは,中国の古典で男子を呼ぶときの敬称だったというが,年長者や何らか長じる人物から教えを乞う立場から発した敬称であることには違いないようだ.そういう意味では,学校で年長の教師が若手の教師のことを〇〇先生と呼ぶのが最も違和感がある筈である.よもやからかっている訳ではなかろうが,思慮深い年長の先生方は生徒視点からそう呼んでおられるのだろう.教師は聖職だという話もよく耳にする.だけど,特に若手の教員には負担の方が大きい概念のようにも思ったりする.むしろ,指導能力の良し悪しに関わらず,知識社会の上流側を明示するためにわざわざラベリングしている程度の意味だと考える...

玉ちはう

今朝いちばんに家族で船橋大神宮へ初詣となる.賽銭に500円玉を投げようとしたら,娘から縁起が良くないとのことで,急遽50円玉にする.ググってみると,確かに500円玉と10円玉は語呂が悪いと書かれている.10円は遠縁=円が遠のく,500円玉はこれ以上大きな硬貨(効果)がない,とのことである.それなら1円玉はこれ以上小さな効果がない,のはどうなのか?とも思ったが,こちらは良いようだ.10円のときはかなり多かったなと,今更ながら思う.ともかく新年祈願を済ませておみくじを引くと吉と出る.しかし「玉ちはう」って何のことなのか?再びググってみたら同じ疑問を持つひとが大勢いるようだ.「霊幸ふ」とも書くようで,霊力をふるって加護するという意味らしい.神の加護を受けて精進すれば良い季節が訪れるということらしい.同封の大黒様は財布に入れて持ち歩けとのことで小銭入れにしまう. 帰宅すると小腹が空いたので正月らしく餅を焼いて食べることにする.角餅を2つ,ひとつは醤油を垂らして青さを振かけ,もうひとつはいちごジャムを載せてメープルシロップをかけてみる.どちらも美味い.ジャム載せも捨てたもんではない. ところで,美味いも美味しいも当て字だと思うが,何か違いはあるのかと思ったところで丁度良い解説が見つかる.リンク先の記事によれば,「おいしい」は「いしい」に尊敬の接頭語「お」が付いたものだという.「いしい」は形容詞の「いし」が元になっていて,室町時代以降に「良い」という意味で女房言葉として定着し明治期までは女言葉として食べ物に使われていたそうだ,そんな訳で女性の方が使う頻度が高いという. 吉海直人(同志社女子大学): 「うまい」と「おいしい」 「うまい」は「うまし」でもっと古くから長く使われているとのことだ.近年は男女を問わず両方を使っている.違うのは「うまい」が食べ物以外にも使われることのようだが,これも近頃はおいしいが食べ物以外にも拡大して崩れつつある. さて,そろそろ昼飯どきか?と思い,ついでに「めし」と「ごはん」の違いも調べてみる.「めし」は召し上がるの「召し」が名詞化したもので,俗っぽい語感に反して本来は尊敬語だという.「ごはん」は漢語の「飯」に女房言葉として「御」を加えた「おばん(御飯)」が室町時代に登場し,江戸時代末期に「お」を「ご」に替えて「ごはん」になったそうだ.いずれも室町時代...