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7月, 2023の投稿を表示しています

旧帝大はなぜ7つなのか?

国立大学の中で旧7帝大が最上位に位置付けられているのは,帝国大学令に基づいて総合大学として設立されたことによる.その他にも旧制官立大学はあったが,それらは大学令による単科大学である.尤も戦前の旧帝大がみな総合大学だったかといえば,実際には北海道,名古屋,大阪の各帝大は理系学部しかなかったが,旧制時代の枠組みは戦後もずっと引継がれているようだ. それでは何故7つなのかといえばよく分からないが,どうも明治5年に発令された学制に遡るのではないかと推察される.これは全国を8つの大学区に分け,それぞれに大学を設置する構想である.翌年に7大学区に改訂され,東京府,愛知県,大阪府,広島県,長崎県,新潟県,宮城県への大学設置が想定される.この改定では,石川県への設置が除外され,青森県から宮城県へ変更されている. 実際には,明治10年に東京大学(法・医・文・理の4学部)が設置されたのみである.学制は理想論が過ぎて明治12年の教育令の制定によって廃止され,明治19年の帝国大学令で東京大学が帝国大学となり,同年の中学校令で第一(東京),第三(大阪),第二(仙台),第四(金沢),第五(熊本)の5学区と山口,鹿児島に計7つの高等中学校が翌年迄に設立される.このうち,第三高等中学校は明治22年に大阪から京都へ移転する.当時の都市人口ベスト5は東京・大阪・京都の三都と名古屋・金沢である.山口と鹿児島は明治維新政府の中心となった薩長の影響なのだろう.また,熊本は福岡・長崎・鹿児島と人口がほぼ同等の九州を代表する都市であり,地理的にそれらの中間に位置している. その後,明治27年の高等学校令で第一~第五の各高等中学校は高等学校となり,明治33年に第六(岡山),明治34年に第七(鹿児島),明治41年に第八(名古屋)の各校が設立される.第六の誘致では岡山と広島が争った.第九設立を巡っては新潟と松本が誘致合戦を繰り広げたが,これら2校を含めて大正8年の第二次高等学校令以降に設立された高等学校は番号ではなく地名を名乗ることになる.この高等学校の設置場所にも,大学区の区割りは実質的に引継がれているようだ.その後,実際に帝国大学が設置されたのは,東京,京都,東北(仙台),九州(福岡),北海道(札幌),大阪,名古屋だが,やはり7大学区の設置構想に近似しているように思われる. 一方で,地方区分も7区分が一般的となっ...

42年前の国立大学の入試偏差値

卒業した大学の入試難易度がどれぐらいだったのか?と思って検索すると入学した翌1982年の進研模試の偏差値表が見つかる.工学部の偏差値は60だ.一方で,ベネッセの最新の偏差値表だと64である.この間42年で難易度に変化があったのだろうか?2つの表を見比べると,東北大と北大の間に位置することに変わりはない.全体的にプロットの相対的な関係は相似形なので,おそらく母数の違いではないかと推察する.難易度が上位の大学の入学定員が同じだと仮定し,正規分布に従うなら,表示の偏差値以上の人数が同数になるには60のときの母数に比べて64のときは母数が2倍でなければならない.しかし,42年前の共通1次試験の受験者数が約35万人なのに対して,直近の共通テストの受験者数は51万人なので1.5倍でしかない.1.5倍は偏差値にして2程度の差に相当するので,残りの2程度難化したのだろうか? 42年間で大学進学率は大きく上昇し,当時は無かった大学も多数設置されている.今や大学全入時代の到来とも言われる.4大進学者数は約41万人から約63万人へ,これも1.5倍に増加している.現役志願率61%から直近の志願者数を推定すると約67万人となる.これを偏差値算出の母数とすれば35万人の約2倍となる.受験産業の浸透によって,昔は国公立大志願者相当の受験生しか模試を受けなかったのが今は全志願者が利用することになったと考えると,母数の辻褄は合うことになる.所詮母数が異なる偏差値を比較しても仕方がないといえばそれまでだが,実態はどうだろうか? ちなみに,理工系の偏差値の変化を詳細に見ると,東大(理Ⅰ)の数値が75の最高値であることは変わりない.そこからの42年前の各大学学部の数値との差を0.7倍すると,偏差値60程度以上の領域では,最新の各大学学部の偏差値に概ね該当している.その推定値からの実際の偏差値の平均誤差に着目すると,学部別平均では工学部はほぼ0,理学部は-1,農学部は+2となっており,全体として農学部の難易度が上昇の傾向である.また,メインキャンパスが市内から不便な郊外に移転した広島大,金沢大,都立大,九州大では,学部に依らず移転のない他大学に比べて平均で3程度低下している.逆説的には,そういった要因で国公立大の入試偏差値の変化が説明できてしまう訳だ.

文庫本:ものの言いかた西東

昨日の朝,肩のリハビリで京成大久保駅前の整形へ行くと未だ開いていない.仕方がないのですぐ近くの図書館へ行って利用登録し,本棚を眺めるうちに興味を引くタイトルの新書本があったので借りて来る.方言といえば語彙やアクセントにばかり注意しがちで,ものの言い方に着目した話はあまり聞いたことがない.35年前に上京したとき,自分が話すアクセントや語彙は直ぐに標準語風に補正できたが,周りの話し言葉にはどこか腑に落ちない感覚があった.それは,ものの言い方だったのかもしれないと思った訳だ. 著者のお二人は東北大文学研究科の博士課程を修了しておられる.新潟から東北へ進学したり関西へ転職したり,異なる地方へ移り住んだ経験がおるようだ.読んでみると,ものの言い方には日本の東西でかなり差があり,関西(近畿)と東北が両極の典型のようだ.こういった研究は未だ少ないようで,データ数は少ないながらも,その差を7つの発想法という骨格で整理している. ①発言性:口に出して喋るか否か, ②定型性:場面に応じて決まった言い方をする傾向, ③分析性:場面を細かく場合分けした定型の用意, ④加工性:ものの言い方が間接的か直接的か, ⑤客観性:ものの言い方が客観的か主観的か, ⑥配慮性:気遣いを口にしやすい傾向, ⑦演出性:ボケとツッコミなど会話を作ろうとする姿勢, の7つの軸である.いずれの軸も正の方向は発想法が発達している傾向であり,全般に関西は東北より正の傾向が強い.関西人目線で言えば,東北人は口数が少なく,口下手でぶっきらぼう,直接的で自分目線なもの言い,言いっ放しで愛想が無い,といったところである.地域類型として, 発達地域:近畿(関西), 準発達地域:西日本の九州以外及び関東(特に東京), 準未発達地域:東北以外の東日本及び九州・沖縄, 未発達地域:東北, という区分が示されている.このような差は,社会文化の東西の違いやいわゆる同心円文化圏,更には都市化・商業化の度合いを反映しているとの考察がなされている. 近年はテレビの影響もあり,特に関西出身の芸能人の影響力が増している気もするので,地方による差は縮小傾向ではないかとも推察する.自身は昔から関西人にしてはあまり発達した部類では無いと思っており,また関東に暮らして長いのだが,客観的なところは身近な知人友人の評価を聞いてみないと分からない.関西人の喋りの...