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7月, 2022の投稿を表示しています

文庫本:物語 パリの歴史

今週の通勤電車では福井憲彦著の「物語 パリの歴史」を読んだ.世界の芸術と文化の都と称されるパリの街なみの,2000年にわたる変遷を概観している.日本人は千年の都=京都の歴史は世界一を誇ると信じているが,パリの歴史はいくつもの国の変遷を超えて存在していることが解る.パリは古代ローマがガリアに進出した頃に既に重要拠点だったようだ.英仏海峡へ続くセーヌ河の水路と陸路が交差するシテ島を中心に発展した.こう考えると,飛鳥や京都も似たような位置づけに思える. 西ローマ帝国が崩壊してフランク王国が843年に分割され,西フランク王国は987年にカペー朝のフランス王国となる.日本は平安時代である.カペー朝の王家はパリ~オルレアンに所領がありパリ伯と呼ばれていたそうだ.パリが王都として整備されたのは王権が安定しだした1100年代以降のようだ.セーヌの水運商人を保護し,1163~1225年にかけてノートルダム大聖堂が建設された.また,セーヌ河を上って来る敵の撃退のため右岸にルーブル城塞が築かれ,これがやがて王宮になる.一方の左岸には神学校が設けられ,13世紀半ばには神学部,法学部,医学部と自由七科(文法・修辞・弁証・幾何・代数・天文・音楽)の研究教育をおこなう学部(現代でいう教養学部)からなるパリ大学へ発展する.経済的に恵まれない学生が学問に集中できるよう聖職者等が運営する寄宿舎(学寮)がいくつか設立され,中でもソルボンヌ学寮には優秀な学生や教師が集まって寮内で講義がおこなわれるようになる.やがてパリ大学神学部が受け入れる学生はソルボンヌでの勉強を優秀な成績で修了することが条件になり,ソルボンヌはパリ大学と一体になった.かくして,左岸のカルチェ・ラタン辺りは知的な文教地区になった.13~14世紀頃の中世のパリは20万人ほどの人口だったようだ.右岸には職人や商人が多く住み,中央市場も設けられた. 14世紀半ば~15世紀半ばにかけて,パリは度重なる火災やペストの流行,そして百年戦争の影響などもあり,人口は半減したようだ.この間に商人の代表が市参事会の市民代表という,後世の市長にあたる職に就くようになった.市政と王権は課税等を巡って,またときには国政を巡って対立することもあった.ルネッサンス期になると,国王フランソワ1世はダビンチ等の各界で著名なイタリア人をパリへ招聘し,文化的高揚を図った.王...

ロックのいろいろ

 帰宅してひとり,晩飯/晩酌を始めて小一時間経ったところで倅が風呂から出てきた.曰く「ロックのブリティッシュとかウェストコーストとかイーストコーストの区別が判らない」という.これはいくら言葉で語っても聞き分けてみないと仕方がない.これはモーツァルトでこれはベートーベン,シャブリエやラヴェルとも違うし,バッハとも違う…そんな感覚と同じである.そうは言っても仕方がない,伊達に45年もそんな音楽を聞き続けてきた訳でもない?まぁ訳でもあるかもしれないが,解説を試みた.所詮は自前の経験の範疇に過ぎないが,修正・追記があればご指摘頂ければ幸いである. ■ロックンロール 元々は洋上船舶の縦揺れ(Rocking)と横揺れ(rolling)が組み合わさった言葉である.主にブルースやR&B(リズム&ブルース)といった黒人音楽を起源とし,白人系の音楽であるバラードやフラメンコギター,カントリー等の影響も受けている.1950年代,南部メンフィスで育ったエルビス・プレスリー(白人)が歌った“Rock around the Clock”がロックンロールの始まりと聞いた記憶があるのだが,これはビル・ヘイリー(白人)作曲らしい.他にもカール・パーキンス(白人),チャック・ベリー(黒人),リトル・リチャード(黒人)等の歌手がヒットし,ロックンロールのジャンルが確立された. ■ブリティッシュ・ロック 1950年代から1960年頃にかけて,英国の貿易港リバプールには米国のブラックミュージックやロックンロールが入ってきた.当時は英国の行政規制を受けない船上放送局がそのような音楽を放送したようで,そんな音楽番組を再現したのがThe Whoの“Sell Out”というアルバムである.米国企業のコマーシャルまで,それっぽく挿入されている. ビートルズはレコードデビューの前にハンブルクで演奏活動を始めているが,それも貿易港ネットワークを辿ってのことだったと推察される.1962年にビートルズがレコードレビューして以降は英国発の音楽が世界を席巻するようになる.ローリング・ストーンズやThe Who等が続くが,やがて米国西海岸発祥のサイケデリックを経て,欧州の伝統音楽の流れに寄ったプログレッシブ・ロックや原点のブルースロックに寄ったハード・ロックなど,分科が進むとともに其々発展していく.プログレはイエス...

文庫本:生命と地球の歴史

 職場の地質学博士の推薦図書を通勤電車の中で読んでみた.地球史46億年のうち,40億年は生物史があるのだという.この間,地球環境のかなり甚大な変化に適応しつつ,生物は地球上で生きながらえて来たようだ.環境が変わるたびに新たな環境に適応できる生物が栄える.そして適応できない種は絶滅する.そんな変化を繰り返しつつ,生物は,光合成,神経系,呼吸器,循環器,骨格,外皮,等の機能を得て複合化し,単細胞から大型化してきた.神経系と循環器の停止が人間の死とするのは,人間がそれら無くして生存出来ないほど大型化しているからである. 気温上昇を1.5℃未満に抑えなければ温暖化の影響が甚大になるとは,国連FCCCの科学的確信である.その目標に向けて人類を挙げての取組が脱炭素施策である.縄文時代には今より海面が高くて関東平野のかなりの部分が海だったことは縄文海進として認識していたが,実は気温も2℃高かったことは知らなかった.46億年に渡る地球環境の変化を概観すると,この僅かな気温の差は誤差のようなものである.しかし,人類の暮らしは,その微妙なバランスの上に成り立っているのである. あらためて,地球科学の雄大な時間の流れとスケール感を感じる機会となった.