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1月, 2024の投稿を表示しています

文庫本:高学歴難民

土曜に図書館で借りて来た文庫本を,月曜の通勤電車で一気に1冊読み終える.辛い話ばかりなので,だいぶん斜め読みもする.多くの生活困窮に向合った著者の,実話にならぬよう創作を加えたという数々の事例に現実味を感じる.章立てされた博士課程難民,法曹難民,海外留学帰国難民は3大難民だろうか?また,そういう難民を支える親や,難民が孤立する社会構造の視点からも解説している.事例には無かったが,これら3大難民以外にも,医学部の国家試験不合格難民があるとも聞く.職業との出会いには運不運もある.特に学者に弁護士や医者,政治家などは,目指しても簡単になれる訳ではない.ハイリスクなのは音楽家や芸術家,そしてプロスポーツの選手なども同じだろう.真面目なところ,取れるリスクかどうかの判断が肝心である.しかし,事例を読むうちに,どこか賭け事にのめり込むような一面もありそうに思う.成算を無視した盲進と言ってしまえばそれまでかもしれないが,信じるものは救われると腹を決めねば進めない道もある.人生の選択とは,それほど単純でもない. 我が来し方を振返ると,様々無念もありながら,どうにか大怪我せずに済んでいることに感謝するしかない.自分の学歴コンプゆえに,娘や倅の受験にはやや過度な期待をかけたかもしれない.もはやここに至っては,行き過ぎなく身の丈に合った職業と出会えるよう,本人の研鑽を祈るしかない.仕事を選ぶときは,自分に出来るかどうかが大切だと,学生の頃に社会人の先輩から聞いたことがある.娘にもそんな話をしたように思う.自分が就職するときも,その言葉を思い出してやや逡巡したのを覚えている.決して成算を信じた訳ではないが,希望と共に清水の舞台から飛び降りる思いもあった.若い頃は何とかせねばと自分なりには努力もした.いろんな人達に助けても貰った.何をやるにせよ,楽に済むわけはない.楽に感じるときこそ,何か落とし穴が待っている訳だ.石を投げれば当たる部類の博士は学者でもない街の技術屋である.いや既に世の役に立つ技術屋でもない.既に定年の延長戦に入ったいま,転んでも大怪我せぬよう用心せねばと,わが身を振返るにはうってつけの一冊である.

文庫本:美味しいサンマはなぜ消えたのか?

昼前に図書館で予約の本を引取って,駅前で野暮用を済ませる.SC内の定食屋で昼飲みしはじめる.通路を挟んで向いのおじさんは一人で焼酎ボトルを飲み切ると言って注文したが,本当だろうか?飲みながら文庫本を読んでいるので,自分も借りた文庫本を読むことにする. 日本の漁獲高1位はマイワシで2位がサバらしい.サバ味噌やシメサバにサバ缶などなど,とても身近な魚である.しかし,近年は国産のサバは少なく,出回っているサバの大半はノルウェー産の大西洋サバのようだ.国産サバは獲りすぎで小ぶりになり,減っているらしい.両者は見た目も味も違うというが,そう言われてもピンと来ない.いざ,写真をググって比較してみると,国産のマサバが青っぽいのに対して,大西洋サバはシマシマが黒っぽくてくっきりしている.身の色も大西洋サバは白っぽくて脂が強いという.そういえば,思いの外脂っぽいサバがあると思い当たった.知らぬうちに食べているのだ.チェーンの定食屋やほか弁のサバも,たいていは大西洋サバらしい. 国産のマサバ ノルウェー産の大西洋サバ そんな訳で,実食はしなかったものの,サバを見る視線がやや鋭くなったかもしれない.それにしても,冷凍技術の発達のおかげで,遠く北欧で獲れたサバを食べることができるようになった訳だ.へしこにせずとも鯖街道を急がずとも,サバは美味い.ちなみに,サバ塩は680円税込だったようだが,ビールよりは日本酒だろうな?と思いつつお店を後にする. さて,昨日に続き,新幹線に乗り込んで読む文庫本の話題は,サンマが食べられなくなるかもしれない事情や大間マグロのブランドの危機など,悲しい内容が続く.まだ先が長いので,静かな車内に感謝しつつ,もう少し先へ読み進んでみることにする. 大阪で用を済ませ,新大阪で飲みものとつまみを調達してのぞみに乗り込む.SUNTORYのジンビームハイはともかく,愛媛県産いよかんハイを買ってみたら,千葉県のメーカーである.北海道産スルメイカのつまみは神戸のメーカーだし,倉敷のメーカーのつまみに使っている落花生は中国産らしい.地産地消な食品ってなかなか無いのが現代日本の食品事情である. 日本の漁獲量の推移を示すグラフを見ると,自分が生まれ育った1960〜1970年頃は遠洋漁業が拡大していたようだ.本には書かれていないが,小学生の頃はクジラ漁が盛んで,昼メシのおかずによく,ク...

国公立大学生の出身高校所在地比較

共通テストから1週間経って,受験生も最終的な志望校を固めた頃と想像する.地元であったり遠方であったり,事情は様々であろう.大学の地理的立地と入学生の出身地には強い関係があると,以前にもデータで確認したことがある.今回は,最新の2023年度入学生の出身高校の所在地を比較してみた.データの出典は,大学改革支援・学位授与機構の大学基本情報である. 図は,各大学のブロックごとの出身高校所在地の比率を示す.全国各ブロックを代表する,比較的規模が大きい国公立総合大学を中心に選んだ.ブロックの区分けは11区分とし,その他は留学生や帰国子女及び入学資格検定などを含む.破線は所在都府県の比率を示す.また,R4年4/1の住民基本台帳によるブロックごとの15~19歳人口の構成比を参考に示している. まず,東大や京大は全国各地に広く分布すると想像するのだが,図からもそういう傾向が伺える.しかし,東大では56%が関東,京大では48%が関西となっており,各ブロックの15~19歳人口構成比,34%及び17%に比べて約1.6~2.8倍である.地の利や地元志向の強さが伺える.東大京大よりも所在ブロック外の高校からの入学生が多いのが北大で,道内比率は31%に留まっている.特に関西以東のブロックに広く分布していることが分る. 全国的ではないが,東北大は東北よりも関東の比率が高く,更に信越・北陸を加えたエリアに分布する.東大以外の関東の大学では関東を中心に東北・信越及び東海のエリアとなる.名古屋大は東海を中心に北陸・信越と関西のエリア,大阪大と神戸大は関西を中心に東海・北陸から九州にかけてのエリア,広島大は中国・四国と関西及び九州のエリア,九州大は九州に加え中国・四国以西のエリアに分布している. また,同じブロック内の比較では,東北大よりも山形大,筑波大よりも茨城大,大阪大よりも大阪公立大,九州大よりも長崎大,熊本大,鹿児島大の方が,それぞれ所在ブロックの構成比が高くなり分布が近距離化する傾向がみられる.また,中国ブロックでは,広島大よりも岡山大,更に愛媛大の方が,分布の近距離化が顕著になる傾向のようだ.一方で,北陸ブロックの金沢大と富山大は分布エリアはほぼ同様である. 関東や関西では,同じブロック内の所在都府県に比べてそれ以外の都府県の構成比が同等以上であることから,ブロック内での進学先が選択的であるこ...

文庫本:関東の私鉄沿線格差

関東大手私鉄のビジネスモデル比較だが,いずれにせよ,沿線経営という発想の大元は阪急創業者の小林一三である.関東では東急の五島慶太が同様のモデルを展開したのは昔から承知している.しかし,宅地開発ビジネスのために渋沢栄一が設立した田園都市(株)の子会社として設立した鉄道会社が東急に発展したという経緯は知らなかった.そして,その経営陣に五島を推薦したのが小林だったと知って成行きを理解した.一方で,阪急が宝塚歌劇というエンタメ創出に注力したのに対して,東急はエンタメの影が薄いようだ.この点,東武(日光),京成(成田山),京急(川崎大師),小田急(箱根)など観光地路線として開業した私鉄とは対照的である.沿線ではないが,京成は現在最強のエンタメに成長したオリエンタルランドの開園以来の大株主である. ともかく,著者の意図はタイトルにある「格差」にある.結論をいうと,東急をはじめ,戦中に大東急に合併していた京王と小田急を含む東京西郊の各社沿線住民は高学歴高収入のホワイトカラーが多いことが種々のデータを示して論じられている.もっとも,首都圏では東急沿線を起点にして時計回りに低階層になるとはよく聞く話だが,実際にデータで確認したのは初めてである.平均収入はもとより,家賃の相場も違うようだ.また,教育熱心で私立中学の受験が盛んだという.優良ブランド塾のSAPIXの分布も,同様の傾向があるらしい.統計検定をしている訳でもないので有意性は不明だが,そういう傾向は確かにあるようだ.そんな階層のいちばん下が京成,そして東武と西武が中間にある.京急沿線はブルーカラー地帯なので,意外と京成に近い.相鉄は横浜起点で比較がしづらいが,類型としては東急に近いようだ.東急線への乗入れで更に近づくかもしれない. 話を戻すと,驚いたのは沿線ごとに購読新聞が違うということだ.高学歴高収入地域の東京西郊では左派の朝日の購読が多いのに対して,東武や京成沿線では読売や産経の購読が多いそうだ.更には,選挙の当選党派も違うという.日本に限らず,インテリ=左派の傾向はよく言われるところだが,収入との関係で論じるのは珍しいように思う.ここは統計的に追ってみて貰いたいところである. 総じて,東急沿線に代表される東京西郊の住民は都心の優良企業や官公庁に勤める高学歴高収入層で,子女は塾に通って受験で難関校を目指す.そして高学歴高収入...

文庫本:教養の人類史

年末に読み始めた文庫本だが,9割がた読み進む.タイトルに教養とつくだけあって内容は歴史や文明論に社会学から人類学まで多岐にわたっている.もちろん宗教と科学技術も含まれている.中でも記録しておきたいことのひとつは,人類と類人猿の違いに関する考察である. 結論をいうと「三項表象の理解」ということらしい.チンパンジーに言語(のようなもの)を教える研究が進み,ある程度のコミュニケ―ションができるようになっているそうだ.チンパンジーがヒトに話しかけるのは「〇〇してほしい」といった自分の欲求を満たす「ものの要求」に終始するらしい.一方でヒトの赤ちゃんでは,指さして「ワンワン」だとか「お花,ピンク」だとか,見たものを描写して母親などの第3者と想いを共有する確認だという.この「共同注意」の発生が言語の発生につながると考えられているという.チンパンジーの世界は自己と他者の二項関係でしかなく,一旦おもちゃに夢中になったチンパンジーの子供は,母親を振返ることはないそうだ.チンパンジーが夕日を指さして「夕日がきれい」だとは言わないのだという.美意識は,ヒトならでは持ちうるものらしい.この共同注意に端を発する三項表象の理解が,知識の共有と蓄積の基盤となる能力なんだろう. もうひとつ,言語の目的はコミュニケーションだと考えがちだが,そうではなく思考の道具だという説があるらしい.言語使用のほとんどは実は心の中で起こっており,ヒトは常に自分自身に語りかけているという.言語を持つことによって比喩する能力ができ,ひとりの人間の中で別々に機能していた博物的知能(周辺環境を理解する能力),技術的知能(道具を作成・改良し使いこなす能力),社会的知能(同じ共同体のメンバーの気持を理解しコミュニケーションをとる能力),といった神経機能が互いに結びつき,応用されることで人間の能力が飛躍的に向上したという説である.そう言われると,声に出す出さないはさておき,しょっちゅう独り言をつぶやいている気がする.それをまた,文字に書き起こしてこういったところへメモ代わりに投稿する訳だ.そして,読者がいれば三項表象の理解へと繋がる. さて,そろそろ寝るかな?

梅棹忠夫:文明の生態史観より

著名な民族学者の梅棹忠夫氏は京大で生態学を学んだ理学博士だそうだ.氏が1957年に発表した「文明の生態史観」という有名な論考がある.それによると,ユーラシア大陸の端に位置する西欧と日本は第一地域に属し,その間の広大な大陸部分を第二地域としている.第二地域では史上の早期に巨大帝国が成立するが,それらは制度などに問題を抱え,没落していくという.逆に周縁の第一地域は気候が温暖で外部から攻撃されにくいことから,第二地域から文化を輸入して発展し,安定的で高度な社会を形成できるとしている.添付画像はその模式図を示している. 第二地域の中央には乾燥地帯が広がり,その周りに 中国(Ⅰ), インド(Ⅱ), ロシア(Ⅲ), 地中海・イスラム(Ⅳ), の各世界がある.確かに,モンゴル帝国は中央の乾燥地帯を越えてⅠ・Ⅲの世界を繋ぎ東欧に至る北半分を支配したが,西欧と日本はその支配を免れることができた.Ⅰ~Ⅳの各地域では,何度も大帝国が形成された.南北アメリカとオセアニアやアフリカ(サハラ以南)が含まれていないという問題もあり,このモデルで歴史の全てを説明できる訳ではないが,世界情勢を眺める上でひとつの基盤となりそうだ.

日本は何故植民地にならなかったのか?

日本は何故植民地にならなかったのか?という問いに対して様々な説があるようだ.幾度かあったと言われる危機として,元寇,戦国時代,幕末の3つが主なのころである.これらを何とか切り抜けられた要因として,軍事力の具備があるようだ.元寇は鎌倉武士の奮闘や防衛陣地の構築で上陸を阻止したこと,戦国時代は当時世界最大数の鉄砲を保有する軍事大国だったこと,幕末にも急ごしらえながら砲台や西洋式の軍艦などを整備して実際に薩摩藩は薩英戦争で英国海軍を撃退している.そのような軍事力を備えるには,経済力と生産技術力が必要であり,その基盤となる文化・教育の水準と普及が高度に進んでいたと言われている. 西洋における科学はキリスト教の知識基盤の上に発展したと理解している.宗教と科学は一般教養としての科学技術史で重要なテーマに位置付けられ,実際に,自分の親世代の知識人にはクリスチャンが少なくなかった.学生時代の研究室の恩師もそうだった.しかしながら,最近は科学の基盤は必ずしもキリスト教である必然はないように思っている. 日本政府の宗教統計調査によると,2021年時点のキリスト教系信者数は200万人弱となっている.もっとも統計調査は重複カウントがあり信者数の合計は約1.8億人と総人口の1.5倍程度になっている.一般的にはキリスト教の普及は1%程度に留まっていると言われる.何故これほど普及しなかったかという説明によく引き合いに出されるのが「ザビエルの手紙」という,戦国時代の日本で普及活動を行ったザビエルが,本国スペインのイエズス会宛に書いた報告である.そこには布教活動への当時の日本庶民の反応が記録されており,彼らの知的水準の高さやキリスト教の限界が垣間見られて興味深い.要約すると,下記の2点である. ・デウスの神は本当に善か? 全知全能の創造主は善だというが,それでは,なぜ悪人を作るのか?なぜ地獄を作って悪人を罰せねばならないのか? ・デウスの神は無慈悲である 悪人を地獄に送り永劫に閉じ込めて救済しないのは何故か?そして,死者を救済できないとすれば自分達の先祖を助けることができない.なぜそんなに無慈悲なのか? 善人も悪人も全ての救済を目的とする仏教の教義と,創造主への絶対服従が前提になっているキリスト教の教義の根本的な違いが問われているように受け止める.ザビエルはこれらの疑問を解消することができないことを...

台湾が中国領になったのは清の頃

中国歴代の版図の変遷を追ってみると,台湾が中国領だったのは満州族の王朝である清の頃のようだ.長らく原住民しか住まなかったところ,一時オランダ人などが開拓するが,清の統治時に中国人が多く移民して多数派となる.日清戦争で日本領となり,日本の敗戦後の国共内戦に敗れた国民党が逃げ込んで中華民国となる.1992年の民主化以降は台湾人アイデンティティが強まり,現在では台湾と中国は別の国と考えるのが台湾の世論らしい. 夏:BC21C~BC16C 殷:BC16C~BC11C 周:BC11C~BC8C 春秋:BC8C~BC5C 戦国:BC5C~BC3C 秦:BC221~BC206 前漢:BC202~AD8 後漢:AD25~220 三国:3C 五胡十六国:4~5C 南北朝:5C 隋:581~618 唐:618~907 五代十国:907~979 宋:979~1127 金:1115~1234/南宋:1127~1279 元:1271~1368 明:1368~1644 清:1636~1912 中華民国:1912~(1945)

日本史の77年周期

正月は元日の北陸での大地震に続いて,今日は羽田空港での大惨事である.妻の実家で夕飯を頂く間にJAL機が燃え尽きていく様を見届けることになる.2024年は波乱万丈の幕開けだ.今年は日本も含む世界の主要国で選挙が続く.歴史の潮目になるかもしれないと感じる.文庫本をひも解くと,日本近代史の77年周期という話が載っている.明治維新から77年後が第二次世界大戦の敗戦,その中間の1905年に日露戦争に勝って世界の列強の一角に分け入り,慢心してその後に破滅に向ったという.そして敗戦後77年目が2022年である.その中間は1983年頃で日本経済は絶好調,ジャパンアズナンバーワンと題する著書が日米などで売れて東京ディズニーランドが開園する.戦後の高度成長で世界の工場となって,再び世界の一流国に並ぶ.そんな地位に慢心したのか,2度目も地位から転げ落ちたというのが77年周期説である.そしてバブル経済の崩壊から失われた30年を経ていまどん底にいるという訳だ.この他にも80年周期説を唱える新聞記事があったりする. 日本史年表と上述の周期を重ねてみると,確かに一理ありそうな気もする.そこで,試しに77年周期を江戸時代まで延長してみる.江戸時代は総じてデフレ時代だったと聞いた気もするが,元禄と幕末はインフレだったようだ.元禄のインフレは貨幣の改鋳で質を落としたことが原因との見方があるようだ.貨幣の改鋳は何度もやっているが,質を上げる改鋳は正徳・享保の改鋳だけのようだ.このときは緊縮財政のせいもあってかデフレにはなったが,財政は次第に回復して体制維持の目的は一定程度果たしたとの意見もあるようだ.信頼に足る数値データなどは無いものの,定性的な年表を追ってみると意外に周期に載っている気もする.マイルストーンとなる敗戦,明治維新から遡ると,寛政の改革,享保の改革,そして参勤交代や鎖国で幕藩体制が完成した頃が概ね周期的に並んでいる.80年周期よりは77年周期の方がややしっくりくるだろうか?ともかく,歴史から学べるものは学ばねばならぬ. いずれにせよ,再び浮上するには,今年辺りで底打ちして国力の向上に向けた変曲点にせねばならない訳だ.こういうときには政治の力が必要である.しかし,その力が現政権にあるかといえば疑問を感じざるを得ない.パー券騒ぎなどしている暇はなかろうと思うのだが,与党も野党も全くダメダメであ...