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6月, 2022の投稿を表示しています

文庫本:新版 大化改新

 歴々の学習院で研究する日本古代史の学者が自説を約30年ぶりに書き換えた340ページの文庫本を読んでみた.先週から通勤電車の往復等で向き合い,力作すぎて疲れたけど,読み終えてもやもやがスッキリする感覚もある.今どきは大化の改新じゃなくて乙巳の変というようだ. まずもって,真の首謀者は中大兄皇子ではなく,変の直後に即位した軽皇子=孝徳天皇だということである.軽皇子は当時の皇極女帝の実弟であり中大兄の叔父にあたる.それから,当時の大王(=天皇)がどのように選出されていたか,当時の藤原氏の位置づけ,乙巳の変の関係者の人間関係,という3つの視点から史書の記述の真偽を見極め,乙巳の変当日から孝徳天皇即位に至る流れを描きなおしている.敏達統と陽明統という2つの皇統の存在,蘇我入鹿惨殺後に蝦夷が挙兵せず自刃に至った流れ,変から律令政治確立に至る真相,壬申の乱を制した天武朝から天智朝(=中大兄統)への回帰の謎,そういった古代史の矛盾を概ね解消する歴史の流れの考察,物証主義の理科系史観ではないものの,古文書の記載を疑って検証する姿勢は歴史科学へと向かう一歩のように感じた.そして,首謀者は最大の利益を享受した軽皇子であるという結論は,現代の犯罪捜査のようでもあった.加えて,当時は唐の勢力が朝鮮半島にも及び,三韓の全ての国で乙巳の変前後に政権交代が起きていた国際情勢も認識させられた.古代史の影は,まさに現代にも伸びているように感じるのは,考えすぎだろうか?

省庁の役職

 国の各省庁に居る大臣以外の副大臣や政務官って何?事務次官と何が違う?そんな疑問を家族から投げかけられると案外即答できなかったりするのであらためて調べてみた. ○内閣:内閣総理大臣その他国務大臣から構成される.各省主任の大臣,あるいは内閣官房長官・内閣府特命大臣等の大臣は国務大臣から命ぜられる ■大臣:省主任の大臣,内閣府の庁担当大臣,内閣を構成する国務大臣(閣僚) ■副大臣:各省庁の政策全般について大臣を助ける,大臣不在時に大臣の命令に基づき省令や許認可などに関する職務を代行できる ■大臣政務官:特定の政策について大臣を助ける 大臣は民間から起用される場合もあるが,副大臣と大臣政務官は慣例的に国会議員が任命される.これらを政務三役という.政務三役には専属でサポートする秘書官が複数名付く ■事務次官:省庁の職員である国家公務員の最高位で最高俸(指定職8号俸)に該当 ■内閣官房副長官補:内閣官房の職員の最高位,指定職8号俸 ■〇〇審議官:〇〇は省庁名等(警察庁では警視総監),事務次官に次ぐ指定職7号俸 ■長官:省所轄の外庁のトップ,指定職6号俸 ■官房長:大臣官房のライン長,指定職5号俸 ■局長:局のライン長,本省は指定職5号俸又は4号俸,外庁は2号俸又は1号俸 ■部長:局より小さい部局のライン長,指定職2号俸 ■統括審議官:本省の大臣官房や局に所属して政策立案を統括する,指定職3号俸又は2号俸 ■次長:外庁の長官に次ぐ,指定職3号俸 この辺迄が所謂偉い人たち,民間企業なら執行役員以上か?所轄の外庁は連結子会社みたいな感じかな?以下,参事官,課長,室長迄が幹部職員となるが,この辺が民間企業の部課長か? 2001年の省庁再編以前は政務三役じゃなくて政務次官が任命されていたが,国民の代表たる政治家の指揮と若手議員の人材補強を強化する方針で政務三役が任命されるようになった.これは英国の内閣制度を参考にしたのではないかと思う.英国の大臣はMinisterと称されるが,大きくは内閣を構成する首相及び閣内大臣とそれ以外の閣外大臣に分かれる.Wikipediaによる下記の分類によれば,Senior ministers が日本の閣僚でSecretary of Stateが国務大臣,Junior ministersのうちMinister of Stateが副大臣,Parliam...

文庫本:死の医学

先週ランチの後に立寄った本屋で見かけた文庫本に興味を惹かれて街の図書館で借りてきた. この本には書かれていないが,科学は数量化と再現性を基本とし,現象を安定して記述又は制御する手法であると理解している.科学に立脚した技術を科学技術というが,技術者が向き合わねばならない問題には,必ずしも科学的手法では解けない領域が含まれている.そんな領域の課題は美学や哲学等の非数量的な思索によって解決したりする訳だ.ことものづくりには,そんな職人芸的で科学的にはグレーな部分が付きまとう.そこを何とか科学的に扱う工夫によって,科学的手法の適用領域が拡大して来た一面もある.数量化理論などもその好例かもしれない. 医学の世界にも似たところがあるようだ.こと命の生死に関わると,オカルトの領域とのせめぎあいになりがちである.哲学から医学へ転身した脳神経内科医の臨床体験を基にしたエピソードを起点に,体外離脱体験,臨死体験が語る暗いトンネルや神々しい光の世界,身体の死と脳の死がもたらす曖昧な生死の境界,悲嘆幻覚による死者像の幻視,記憶の解離や憑依,等について考察されている.いずれも,魂や心の在りかや,自我が如何なる自然現象によって生じているのか,といった問題に向き合う手がかりを示してくれるように感じた.脳科学とVR技術が発展する昨今,脳と身体の外にまた,我々の意識の在りようを複雑化する装置が加わろうとしている.対外離脱体験の模擬等は既にVRで実現しつつある.死に向き合う心構えはともかく,生死の狭間に溺れないよう脳の活動の理解を深めておくべしと興味深く拝読した.