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1月, 2022の投稿を表示しています

日本語のアクセントは中国語の四声由来か?

関西弁のアクセントは中国語の四声由来だという話を聞いて,関西で生まれ育った身としてはとても納得したことがある. 関西弁の四声: https://togetter.com/li/1227684 一方で,方言は京阪を中心とした同心円状に似た言葉が分布するとの説明もあり,高度な知識を持った渡来人が多く移住した関西から地方へ新しい言語が伝搬したとの考えもある.関西に多い京阪式アクセントに対して,元々の日本語にはアクセントがないという話も聞き及ぶ.じゃあ東京辺りの言語はどうかといえば,京阪式とは違うものの,やはり四声があるという指摘があり,これはこれで説得力を感じるところだ. 標準語の四声: https://www.chinawork.co.jp/e-sasaki/sasaki-25.htm それでは東京式アクセントは何に由来するのだろうか?と疑問が湧いて来る. 日本語のアクセント分布を観ると,大きくは京阪式と東京式,そして無アクセント等に分類されるようだ.関東でいえば,南関東は東京式であるのに対して,栃木・茨城~東北南部は無アクセント(だっぺ言葉)になっている. この図を,「縄文人・渡来人,どっちに近い?」との,縄文人系ゲノムと渡来人系ゲノムの比率を示す分布図と比較すると,渡来人に近い地域と京阪式アクセントの地域が重なる傾向があるようだ. そこで,東京式アクセントがどこから出てきたのか?という疑問に戻るところだが,これには諸説あって決定的な説明が未だ無いようだ.そして,京阪式アクセントの大元である京都のアクセントにも歴史的な変遷があり,室町時代の南北朝の頃を境に大きく変わったという.東京式アクセントがそれ以前の古い時代に由来するのか,後に派生したものか,議論が分かれるらしい.いずれにせよ,平安時代の京都のアクセントが京阪式や東京式の源流になっているようだ.厳密には日本語のアクセントと中国語の声調は異なるそうだが,日本の広い範囲のアクセントに中国語の四声の影響が及んでいるのではないかという訳だ. こういった文献の記載ではないデータの中に,国土や文化の成立ちの痕跡が残されているように思うのだが,解明には未だもう暫く時間が必要のようだ.今後の研究の進展を期待する.

学歴のヒエラルキー

大学入試共通テスト初日の東大キャンパス前で受験生を包丁で切りつける事件が起きた.犯人は名古屋から夜行バスで上京した高2生である.医者になるために東大を目指したが,成績が上がらないので事件を起こして死のうと思ったそうだ.学歴が結果的には富の配分を左右するとはいえ,あまりに0-1的な思考に陥って進路を見失ってしまったようにも見える.動機の解明は未だ不十分な段階と思われるが,今後の捜査が気になるところだ. 大学が最高学府と言われるのは,それより上位の教育機関が無いことによるが,実際は大学に設置される大学院という制度によって2階建て3階建ての構造になっているところがある.大学院の充実度や学部からの進学率は,大学と一括りにされる機関の間でかなりの差が存在する.その差は,原則自由競争原理に基づく私立大学では比較的流動性があるのに対して,国公立の中でも特に国立大学は,国策の重要性を鑑みた優先順位によって整備されてきた経緯もあって,難易度のような単純明快な指標と並んで,歴史的な経緯を踏まえたヒエラルキーが文科省によって定められていると伝聞する. 現代の大学制度の起源となった西洋の大学は中世に形成されている.当時の大学は神学部,法学部,医学部の上級学部と教養学部から構成されており,当時の西洋社会で求められた高度な知識を要する職業だった聖職者と官僚と医者を養成するニーズに応えたものである.日本では明治維新後の明治5年に学制が発せられ,ここで全国を7~8の大学区に分けて,それぞれに大学を設置する構想が打出された.後に7つ設置される帝国大学は,学制で定めた大学区とは設置場所が食違ったりするものの,概ねその構想をなぞったものではないかと推察する.実際には,学制の直後には東大しか設置されなかったのだが,東京大学は医,法,文,理の4学部(当時は分科大学)で発足しており,西洋中世の大学の学部構成に近いところがある.しかし,東大は発足間もなく工部大学校や東京農林学校等の職業系学校を包括して工学部や農学部を増設している.殖産興業の基本政策によりものか否かは教育史の専門家に訊ねてみないと判らないが,新しい社会の要請にも応える構成が考慮されたのだろうか?明治19年の帝国大学令で東大は帝国大学になるが,帝国大学は最高研究教育機関としての総合大学として整備されることになる.但し,商業学校は取り込まずに独立した...

文化資本の差が社会格差を生む

格差社会は社会不安や不安定性を増すので良くないと言われる.格差社会とは,一般的には富の配分に関わる所得格差を指す. 所得格差が少ない総中流社会ではベルカーブ(正規分布)のように中間層が厚くなるのに対して,格差が大きい社会では富がロングテール部分の富裕層に集中し,ショートヘッドに近い貧困層の人数が増える. 40~50年前の日本は一億総中流社会などと呼ばれたが,近年は格差が拡大しているとの観測を耳にする.比較的近い2017年の日本の世帯所得分布をみると,平均所得が最頻所得帯より上方に位置しており,ベル型の正規分布よりも,いわゆるロングテール型の分布に近いことが解る. よく見かける国際比較に国民ひとり当りのGDPがあるが,これはどちらかと言えば分布の平均値に近いので,実際には多くの国民はそれ以下の水準にあると理解せねばならない.格差の程度を測る指数としてジニ係数がよく参照される.格差が全くない場合は0で格差が大きいほど1に近づく指数である. 所得の低い順に,横軸に世帯数の累積比,縦軸を所得の累積比として世帯間の所得分布を描いたものをローレンツ曲線という.格差が全くない場合は右上がり45度の直線となるが,分布があると直線より下方に膨らんだ曲線となる.このとき,A+Bに対するAの面積比をジニ係数といい,所得格差が全くないとき0,所得格差が大きいほど1に近づく.1は一世帯への完全一極集中の状態を示す. それでも中国や米英よりは未だ,日本のジニ係数は低い水準で推移しているようだ.一方でスウェーデンなど日本よりジニ係数が低い国もある. 実際には格差があるのは所得だけではない.学歴によって個人の社会的な位置づけがラベリングされがちな教育格差がある.学歴社会という方が良いのかもしれない.例えば,大学入試の難易度と卒業生の30歳時の平均年収にはかなりの相関がある. 誤解の無いよう,あくまで平均年収であって個々の年収ではない. 詳細はリンク先参照: https://www.facebook.com/toshiyuki.okano/posts/3642370015877143 一般的に入試難易度が高い教育機関は歴史と伝統がある名門校の場合が多い.こういった名門校は各界との太い人脈チャンネルがあり,本人の能力と相まって社会的に優位な職に就くチャンスが豊富な傾向がある.更には入試難易度が高い名門...

南海道とは?

古代の7道のひとつに南海道がある.紀伊,淡路,阿波,讃岐,伊予,土佐の6国から成る.今の四国4県と兵庫県の淡路島,そして和歌山県に相当する.兵庫県淡路市育ちの自分には,和歌山県が南海道の領域に含まれることに違和感があった.その違和感が解消されたのはごく最近のことである.ところで,話題から外れるが...東海道の国は全部海に面していると思っていたのだが,甲斐も東海道だったのかと今更ながらに気づく. そもそも,淡路は小国といえども古代にはひとつの国として存在していた.紀元1世紀頃には朝鮮半島から出雲~吉備を経て畿内に至るルート上の海路にあり,朝鮮半島から輸入した鉄を鉄製品にする鍛造所があったという.淡路市黒谷にある五斗長垣内(ごつさかいと)遺跡がその痕跡らしい.しかし,この鍛造所は100年程で無くなってしまったそうだ.出雲の国譲りと関係しているなどと聞くところである. 律令時代になると,大和から四国へ至るルートは奈良盆地を南下して五条から紀伊の紀ノ川沿いに海へ下り,加太から淡路の由良へ渡るのが一般的だったようだ.由良からは小路谷で内陸に入って千草経由で大野へ至る.小路谷がこんなに重要スポットだったとは思ってもみなかった.大野には駅があったようだ.そして,福良から阿波の撫養へ渡るのが南海道ということである.兵庫県民の認識としてはどうしても神戸起点で四国へ向かう意識が先に立って和歌山から洲本経由で徳島へ続く経路がメインルートだとは想像がつかなかったのである.伊予の国府は松山じゃなくて今治なんだな...と図を見て気づく. 淡路は,中世は細川や三好の所領となり,戦国時代を経て江戸時代は阿波の蜂須賀藩の所領となる.ただし,戦国から蜂須賀と義兄弟となっていた稲田家が支藩的に淡路を所領とし,稲田家は大名クラスながら蜂須賀の家老に留まっていたようだ.明治になって,大名の直属迄が士族になることになって,陪臣の稲田家家老達は自分達も士族になるべく分藩運動を起こす.これに対して蜂須賀側が武力で稲田家を制圧すべく庚午事変が起きる.この事変の処分として淡路は阿波藩から切り取られて兵庫県に組入れられ,稲田家は淡路を離れて北海道静内の開拓へ向かった.喧嘩両成敗なのかもしれぬ.かくして,淡路は明治期に新たに構成された兵庫県の一部となった訳だ.そうでなければ徳島県だったかもしれない. 考えてみれば,神戸は...

文庫本:車輪の下&知と愛

大小はともかく,社会格差が生じるのは避けられない自然の摂理だという説明を昨日に読んだ.自分は社会格差をいつ頃から認識し,どう向き合おうとして来たか?あらためて振り返ってみた訳だ.その端緒は高校生の頃だったと思う. のんびりした田舎の6年間一貫教育の私学で中高時代を過ごした自分は,高校入試も経験せずに気の向くままの青春時代を過ごしたように思う.頭脳明晰で東大理科三類へ現役で進学した同級生が居た.彼は”車輪の下”というヘッセの小説を読み,自分は車輪の上を生きると語っていた.車輪の下を超要約すると,神学校へ進学した主人公が落ちこぼれ,精神を病んで機械工になる話である.西洋に大学が出来た頃,専門学部は神学部と法学部と医学部しかなかったそうだ.それらの学部に進学する前に一般教養を養う教養学部を修了するのが高等教育課程の初期の姿である.社会の上層に位置する高度な知識が必要な職業は,神父や牧師と役人と医者ぐらいだったのだろう.車輪の下の主人公は,頭脳明晰でエリートコースを目指したのに,職人という平凡な職業に成り下がったという物語だ.その同級生はまさにエリートの医者を目指し,目的を果たした訳だ.そんな彼が予期せず早世したのはとても寂しい. 当時,自分も車輪の下を読んでみたが,続けて同じヘッセの”知と愛”という作品も読んでみる.念のため,自分は文学少年でも何でもない.実際のところ,中高時代に読んだ小説等は非常に少ない.そんな自分が2冊も立て続けに読んだのだから,よっぽど思うところがあったのではないかと今になって推察する.知と愛の原語題は”NARZISS UND GOLDMUND”というらしい.主役の友人2人の名前だが,あらためて辞書を引いてみると,うぬぼれ男と口八丁とでもいうのだろうか?直訳するとナルシストと金の唇となる.これまた神学校に進学した2人の友人の物語だ.ナルシストの方は頭脳明晰で勉学の道に精進し,やがて修道院の僧となる.金の唇の方は神学校を飛び出して放浪し,次々に女を口説きまくって美を追求し奔放に暮らす.しかし,2人は時おり合って会話を交わす.金の唇の話す愛の世界をナルシストは知の体系の言葉に置き換えて整理する.やがて金の唇はナルシストの修道院で立派な女神像を作り上げる.対比的な暮らしぶりながら同根の価値観を共に掘り下げていく様は,教科書嫌いな高校生だった自分に格好の逃げ...