東大は我が国のトップリーダーを養成するために1877年に設立された.明治維新から10年後のことである.当初は法・文・理・医の4学部,初期の西欧の大学が神・法・医・教養(学芸)の4学部だったのと似た学部構成である.大学とは高度な知識と教養が必要な人材を養成するのが役割なのであろう.そのうち法学部は法学的・政治学的思考ができる人材を養成するもので,東大にあっては我が国の国家組織を支える官吏や政治家を養成する機関として期待され続け,そのような人材を最も多数輩出して来たのではなかろうか?
東大法学部から官僚の道に進んだ同級生によれば,学生の成績上位1/3は国家公務員に,中間層が法曹界に,下層グループが民間企業に職を求めると,学生時代に語っていた.渡部昇一氏によれば,明治維新の直後は出世ルートがはっきりしていなかったのが,日露戦争に勝った後に軍人や文官の出世ルートが定まったという.東大法学部が文官の出世ルートとしての地位を確立したのである.ちなみに軍人の出世ルートの方は,海軍兵学校の前身である海軍兵学寮が1870年に,陸軍大学が1869年に,それぞれ設立されているので東大より若干早い.直近の国家公務員総合職試験でも相変わらず東大が飛びぬけて多数の合格者を出している実情には変わりないが,志望者が減ってきているとの記事も散見される.つい先日も,順位が後々の昇進にまで影響するという国家公務員総合職採用試験の1番が東大卒でなかったという記事があった.弁護士でタレントの山口真由氏は東大法学部を全優の首席で卒業,3年生で司法試験に合格しハーバードロースクールもオールA評価で修了したという学業に優れた方である.34歳という彼女は財務省を2年で退職したあと弁護士に転じ,いまは学者を目指して博士課程で勉学中だという.結婚という普通のことができないのが悩みとおっしゃる.今どきの東大生は志向が変わって来たのであろうか?そんなことを思いつつ,トップリーダーの最たるものである歴代総理大臣の出身などを調べてみた.一覧表にまとめたものを下記に示す.
日露戦争に勝ったのは1905年,東大こと東京帝大設立の28年後である.23歳で卒業すれば52歳なので,そろそろ組織の幹部になる頃かもしれない.初期の総理大臣は,薩長を中心とした藩閥で持ち回りのように変遷しているのが,この頃から政党基盤に移行していく.そして1922年に着任した加藤友三郎から1972年に退陣した佐藤栄作までの50年間は,一部を除いてほぼ東京帝大(法),海軍兵学校,陸軍大学校の3校出身者で占められている.主な例外は近衛文麿(公家)と池田勇人の京都帝大(法),犬養毅の慶應義塾(大学昇格前と思われる),石橋湛山の早稲田大である.佐藤の次は大学を出ていない田中角栄であるが,この後東大卒の総理大臣は次第に少なくなり,1993年に退陣した宮澤喜一が今のところ最後になっている.鳩山由紀夫は東大卒であるが工学部の出身と異色である.しかもその鳩山由紀夫以外はの東大卒は全て旧制の東京帝大卒であり,実に新制の東京大学になってからの法学部卒の総理大臣がひとりも居ないのは驚きである.著者が社会人となった1987年以降で多いのが早稲田の6人,続いて慶應義塾の2人となっているが,その他も含めて意外と私立大学出身者が多い.エリート官僚から政党幹部を経てあるいはエリート軍人から総理大臣に至る出世ルートが健在だったのは,1925年頃からせいぜい1987年迄の60年ほどである.この間,親の職業は武士・藩士や弁護士などの行政・法曹職から1960年に着任した池田勇人以降は造り酒屋や材木商あるいは比較的経済状態が良い農家などの自営層に移行している.そして1990年以降に圧倒的に多くなったのが政治家,いわゆる2世議員が総理大臣になるのが普通になって来たことが判る.こうやってあらためて眺めてみると,東大法学部が変質しているのか,実はもっと前からそうなって来ているのか,判らなくなってきた.
歴代総理大臣一覧:wikipedia ”歴代総理大臣”および各個人の記事を参照して作成
昨今は金持ちでないと東大へ進学できないと言われるが,定性的には昔からそうではないかと思う.歴代総理大臣の親の職業を眺めるに,庶民の職業の範疇と考えうるのはせいぜい,自衛官(野田佳彦),会社員(管直人),漁師(村山富市),写真館(海部俊樹),農家(大平正芳,三木武夫,田中角栄,伊藤博文),商業(松方正義)辺りではなかろうか?名家や裕福な家庭に生まれ育つのとそうでないのと,この環境の差が大きいのは昔から変わりないことのように感じられる.あえてその差が少なかったのが,これら庶民的な環境から輩出した総理大臣が育った時代だとするならば,明治維新の後しばらくと,1910~1930年代,そして1960~1970年代になるのであろうか?直感的にはピンと来ないのだが...我が国全体が発展に向かってパイが大きくなった時代だったのだろうか??そしてパイが縮小していくと予測されている今の日本社会で,国家の行く末に戦略を持って臨む人材はいったいどこで養成されているのか???早稲田や慶応?それとも政治家の家系??心配ごとは更に増してしまったかもしれない.
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