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文庫本:〈新版〉日本語の作文技術

 本田勝一:1931年,信州・伊那谷生まれ.朝日新聞編集委員を経て『週刊金曜日』編集委員.

野良良三著:日本語作文術は本著を参考に書かれている.そこに含まれていない本書の収録内容から,重要と思われる事項を抜き出して要約した.

接続助詞の「が」:逆接条件だけに使われているのではないのが問題である.反対でもなく,因果関係でもなく,「そして」という程度の,ただ二つの句を繋ぐだけの使い方がある.例えば,「少し脱線するが-」のような場合は,一旦文を切って,「少し脱線する.」と文を切るべきである.

並列の助詞:英語では,「クジラ・ウシ・ウマ・サル and アザラシは哺乳類の仲間である」と書くが日本語でこれと同じように書くとすわりが悪い.「クジラとウシ・ウマ・サルとアザラシ」と書くのが本来である.「イヌとネコとサルがけんかした」はイヌとネコ・サル連合がけんかしたニュアンスを持つが,「イヌとネコとサルとがけんかした」であれば三つ巴のけんかであることを伝えることができる.

無神経な文章:直接的には正しく書かれた文章であっても,読者を引っぱっていく力に欠けると途中で投げ出されてしまって,結果的に「わかりにくい文章」と同じになってしまう問題がある.つまるところ文章が無神経に書かれている場合である.

[1]紋切型:決まった表現に終始して真実を捉えていない文章になりがちである.
[2]繰り返し:文末の表現が同じ文が繰り返されると鼻についたりいやみが出たりする.
[3]自分が笑ってはいけない:著者の感情を表現せずに対象を素直に伝えよ.
[4]体言止めの下品さ:せまい紙面に記事を押し込む新聞で発達したのでは?軽佻浮薄な印象を与える.
[5]ルポルタージュの過去形:過去形で書くと現場にいないで机の上で書いているという印象になる.
[6]さぼり敬語:「あぶないです」のように用言のあとに「ダ」や「デス」の連用形・終止形・連体形は接続しない.「危険です」か「あぶのうございます」が正しいが,許容範囲に入れる場合もある.

リズムと文体:論理性と「わかりやすさ」だけで文章を考えるのであれば問題にならない小さな語句の違いでも,文体とかリズムのことを考慮すると大きな違いとなる.ときには原則から外れてもリズムを整えることを優先することによって良い文章になることもある.朗読しながら書くよう心掛けるとよい.

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