昭和大学医学部精神医学講座教授の岩波明が解説する偉人達の暮らしぶり,それは発達障害の特性濃厚な事例のオンパレードである.芸術や科学技術の世界で全く常識外れの新しい概念を創造する人,傑出した独創性で世の常識を覆してしまう政治家や宗教家,そういった人たちは決してただ幸福な人生を送った訳ではない.あらためて耳を傾けてみると,そういった独創性を発揮する過程で尋常じゃない生き様を通していることが解る.
世には天才と秀才と凡人がいるのだという.天才は秀才と違って知能が極端に高い訳でもなく,発達障害の特性を持った人物が実に多いのだという. 発達障害にも様々あるが,ここでは主にADHD(注意欠如多動性障害)とASD(自閉症スペクトラム障害)に似た事例が大きく扱われている.ADHDと関連が深い心理学的概念にマインド・ワンダリングというのがあるらしい.現在行っている課題や活動から注意がそれて,無関係な事柄についての思考が生起する現象をいうそうだ.胸に手を当てるとこういう状況は日常茶飯事である.このような現象の生起頻度がある程度まで増えるに従って創造性は高まるが,適度を過ぎれば創造性は再び低下するという.胸に手を当てると,授業や会議が上の空になったり電車を乗り過ごしたり,その場と関係ない思考のせいで失敗を重ねてきた記憶は尽きない.中高時代は授業中に質問しすぎて進行の妨げになったと,振り返ると反省の種である.
本書で紹介されているのは野口英世や南方熊楠という科学者,アナキスト大杉栄の妻である伊藤野枝,音楽家のモーツァルト,作家のマーク・トウェイン,女優の黒柳徹子,漫画家のさくらももこに水木しげるなど,記事によれば,変な奴だと言われ続けた我が半生の暮らしぶりなど全く採るに足らない平凡である. ASDという疾患には自閉症やアスペルガー症候群が含まれており,対人関係やコミュニケーションに障害を持つ.拘りが強すぎて空気が読めず,自分の想いで突っ走ってしまって社会的には孤立する例が多いのだという.その反面,特定領域では驚異的な記憶力や計算力を発揮するという.裸の大将の山下清,ダーウィン,アインシュタイン,哲学者のヴィトゲンシュタイン,音楽家のサティ,シャーロックホームズを書いた作家のコナン・ドイル,江戸川乱歩と枚挙にいとまがない.こういった傾向の人物は我が勤め先にも散見される.しかし,昨今はひと昔前に比べるとずいぶん大人しくなった気もする.
この他,うつ病・躁うつ病や統合失調症との関連についても実例に基づく考察が続く.チャーチルやルーズベルトといった歴史的な政治家,そしてヘミングウェイや夏目漱石に芥川龍之介という傑出した作家もうつ病に悩まされ続けたそうだ.しかし,統合失調症については進行性で回復不能となるケースが多く,ある時期に異能を開花させてもその後は幻聴や妄想がひどくなって正常な暮らしができなくなることが多いようだ.作家の中原中也は統合失調症の可能性があるが,脳腫瘍などの可能性も考えられるようだ.また,統合失調症はASDの症状とも区別がつきにくいとのことだ.
日本社会は平均から外れた個人に不寛容な傾向が強いという.そのような社会では傑出した才能が生きやすい環境とは言いがたいと思われる.学校ではいじめや不登校といった問題を生み,薬物中毒など一旦犯罪を犯した人材を治療して社会復帰を果たすしくみが欠如していると著者は警告する.重度の薬物依存から復帰したエリック・クラプトンや重度のアルコール依存症だったドストエフスキーが社会の尊敬を受ける存在となっている外国のように,天才を受け入れ育てるしくみが必要ではないかという.
妻によれば,自分や倅はADHDの傾向があると以前から聞かされる.本著の専門的な解説で数々の事例を観ていくと,歴史に名を遺した天才達ほど極端ではないにせよ,実際に思い当たるふしもある.マインド・ワンダリングが過ぎて上の空になってしまうこと,自説にこだわり主張を曲げなかった若い頃のこと,片付けが十分にできないこと,授業で聞いたっきりろくに復習もせず試験にぶっつけ本番で臨んで問題を解いていた中高時代のこと,30分ほど踏切を眺めるうちに列車信号を解読してしまった幼稚園時代の倅のこと,一間の押入いっぱいに真空管を集めていた兄のこと,地理統計や時刻表などへの盲目的な執着など,変なやつと言われた記憶と能力を伸ばしきれなかった後悔の念を振返り,より良い暮らしへの処方が無いものかと考えさせられた.同時に,変なやつ万歳という少し誇らしい気持ちも大切にしたいと思った.そして,ストレスが絶えないという家内の気分が少しでも晴れる方策が見つかれば良いのだが...どうだろうか?

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