国語学者の大野晋氏の著書を読んでみた.2002年発行の文庫本,400ページ近い大著である.氏は2008年に他界されているので日本語研究の集大成かもしれない.
未だ文字の無かった時代の日本語の成り立ちを神話や食料生産に関する古い語彙などの比較文化論的な考察から解き明かしていく.一見手品のようでもあるが考古学的な考察ともある程度合致しているようだ.説によれば,縄文時代の日本語はポリネシア系言語だったのではないかという.これらの言語では音節が母音で終わる特徴がある.イモを栽培するポリネシア社会の神話と共通の伝承が広くみられるらしい.それらの社会では生命の根源たる妊婦を生贄として大地に捧げていたそうだが,やがて生身の人間は土偶に置き換わったのだという.
そこへ南アジアから稲作とともにタミル語がやって来て第2層を形成する.弥生時代の頃だ.タミル語には文法や語彙に日本語との共通性が高いという.特に作物の栽培に関する語彙が類似しているそうだ.
その後,高句麗系の語彙が朝鮮半島経由で流入して第3層を形成したとのことだ.この高句麗系の語彙には国家形成に関するものが多いという. この頃の日本は縄文的色彩濃厚な東日本と弥生的な西日本に大きく分かれ,考古学的にも人類学的にも言語的にも東西で異なった様相を示していたという.その違いは万葉集でも東国方言として現れており,また現代まで継続的に残存している.
4世紀には高句麗が楽浪郡を滅ぼすが,その難を受けた人達が倭国へ逃れて来た.第1期渡来人である.彼らは漢字を日本へもたらした.この時代の漢字の音を上古音という.5~6世紀の南北朝時代の大陸は戦乱となり,主に江南から日本へ逃れて来た人達が第2期渡来人である.この時代の漢字はいわゆる呉音で発音していた.その後7世紀になると朝鮮半島は戦乱となり,江南の影響を受けた百済や北の高句麗が滅んでしまう.難を逃れた人達は第3期渡来人となった.そして長安地方が中心となった隋・唐時代に漢字の読み音は呉音から中古音へ変化した.
漢字は表意文字なので,違う言葉を話してる地方とも互いに意思疎通ができる.漢字の読みが複雑なのはこういった歴史の変遷に一因がある.漢字で表記する中国語を扱う一方で,万葉仮名のようにヤマト言葉を漢字の音で表記する方法もとられてきた.この方法にも上記の漢字の音の変遷が反映されており,時代が違うと同じ漢字でも全く別の音が充てられているそうだ.また,音を表す漢字の書き分けから当時の日本語の音韻が割り出せるという. 唐の先進的な文化を漢字で表記した漢文とともに受け入れてきた一方で,それを日本語的に読む訓読みの方法が工夫された.
そこでは,語順を変えて読むのとともに中国語に無い助詞や助動詞を送り仮名として加えなければならない.漢字の音を充てる仮名使いは,やがて画数の多い漢字を略して表記する用法へと変遷していった.平安時代になると唐は次第に衰え,漢文の影響力も低下していった.その流れで仮名で日本語を口語的に書き綴る女流文学が発達し,やがて源氏物語という高度な純日本文学が成立した.ちなみに,源氏物語の中でも,東国出身の女性は畿内人のような教養(和歌の知識)を備えていないように描写されているらしい.東日本が政治文化面で西日本を巻き返すのは鎌倉時代まで待たねばならないようだ.古代の東国は西国の防衛のために東国から防人が徴兵されていた.本書の記載ではないが,縄文的色彩が濃く残った東国には,狩猟で鍛えた弓矢の名手が多かったのではないかと想像する. 概略要約すると上記のような流れが詳細な例示と考証を伴って記載されていたと思う.大筋において近年読む著書による日本の古代像と整合が取れた内容であり,納得感があった.

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