黒電話は技術遺産なんだ.記事によれば,東京~大阪間で交換手を通さない直接通話ができるようになったのが1963年なのだそうだ.自分が1歳のときである.幼稚園まで暮らしていた大阪から祖父母が暮らす淡路島の郡部へ連絡するには,お隣の写真屋さんへ電話をかけて呼んでもらっていた.小学生になって淡路島へ引っ越したが,有線電話と呼ばれた町内回線の電話が未だよく使われていた.これは有線ラジオのような番組の時間と電話の時間に時間帯が区分されており,電話の時間に交換手へ通話を申込むと呼び出してくれる.番号が全電話機からアナウンスされ,呼ばれた番号の電話機の受話器を取って会話するというシステムだった.電話機にダイヤルは無い.おそらく町内で1回線?しかなかったのではないだろうか?それが自動交換の「本電話」を引いたときの電話機が「4号自動式卓上電話機」か?あるいは同型モデルだったように思う.とにかく写真のフォルムは記憶している.その後,1970年代前半に,祖父母が過ごす離れにも電話線を伸ばし,自家内で回線を手動切替えする方式で2代目の電話機が導入された.これが「600形自動式卓上電話機」だったと思う.
それがプッシュホンに代わったのが高校生時代だったのか?大学生になって大阪へ引っ越したときなのか?記憶が定かでない.ただ,プッシュホンも黒電話用のダイアル回線につないだだけのなんちゃってプッシュホンと,「ピ,ポ,パ」と音がする専用のプッシュ回線用の2種類あったように思う.実家がプッシュ回線になったのは大学生の頃,1980年代初期だろう.当時は,プッシュ回線がとてもハイテクに感じたものだ.
その後1990年代にインターネットが普及するとデジタルのISDN回線に代わり,動画の時代になるとひかり回線になった.この辺は記憶の範疇だが,子供世代はほぼひかり回線しか知らない.黒電話を使っていた頃に夢のようだったテレビ電話は,パソコンを使ったオンライン会議という形で実現し,コロナ禍を契機に一般家庭にも普及しつつある.携帯電話やスマホの普及で,固定電話はやがて見かけなくなることだろう.さて,黒電話に続く技術遺産には何が選ばれるだろうか?


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