「先生」と呼ばれる職業がいろんな辞書でどう解説されているか?辞書の編纂をされていた方のブログに記載されている.代表的なのは議員だが,そもそもは,家事を手伝いながら勉学する書生たちがお世話になっている家の主人を「先生」と呼んだことから始まったという説があるそうだ.書生を家においたのは議員に限らず,実業家や医者,弁護士などもいたらしいので,そういう職業が先生と呼ばれる所以だという.それならば,学校の教師は違う気もするが,江戸時代の藩校や私塾は住込みだったようなので,その名残かもしれない.
ところで,建築業界では設計事務所の設計士を先生と呼ぶ習わしがある.若い頃,同じように建築科で机を並べて学んだ仲間が,就職先が違うだけで先生と呼んだり呼ばれたりすることに違和感があったものだ.それでも馴れてしまえば何のこともない,専門技術コンサルとして経験を積むにつれて,違和感どころか次第に馬鹿な設計士ほど面白がって先生などと呼ぶようになってくる.下手すると,自分が建築士の免許を持っていて相手が持っていなかったりする.いやまぁ,そんなことを言ってはバチが当たるかもしれない.しかし,何故設計士が先生なのか?辞書の定義をよくよく見ると,おそらく設計士は芸術家のカテゴリのうちなんだろう.勤め先では作品主義などと言っているものの,同じ社内の設計士を先生と呼んだり呼びあったりする社員は見たことがない.自分も博士号を取得して大学の非常勤で授業を担当するようになると,学生や大学の先生方から先生と呼ばれたりすることがある.学生はともかく,本職の大学教授から先生と呼ばれると,それは勘弁して下さいという甚だ気恥ずかしい思いが湧くものである.
そもそもは,中国の古典で男子を呼ぶときの敬称だったというが,年長者や何らか長じる人物から教えを乞う立場から発した敬称であることには違いないようだ.そういう意味では,学校で年長の教師が若手の教師のことを〇〇先生と呼ぶのが最も違和感がある筈である.よもやからかっている訳ではなかろうが,思慮深い年長の先生方は生徒視点からそう呼んでおられるのだろう.教師は聖職だという話もよく耳にする.だけど,特に若手の教員には負担の方が大きい概念のようにも思ったりする.むしろ,指導能力の良し悪しに関わらず,知識社会の上流側を明示するためにわざわざラベリングしている程度の意味だと考える方が,最も違和感なく過ごせるように思ったりする.
『デジタル大辞泉』:教師、師匠、医師、代議士
『大辞林』第4版:師匠、教師、医師、弁護士、国会議員
『広辞苑』第7版 教師、医師、弁護士
『新明解国語辞典』第8版:教育家、医師、芸術家、芸道の師匠
『明鏡国語辞典』第3版:教師、師匠、医師、弁護士、代議士
『岩波国語辞典』第8版:教師、医者
『三省堂国語辞典』第8版:師匠、教師、医師、芸術家、弁護士、国会議員
『現代国語例解辞典』第5版:学者、教師、技芸の師匠、医師、芸術家、弁護士、代議士
『新選国語辞典』第10版:教員、医師、文士、議員
出典:議員は「先生」か?
以下”weblio”による
読み方:せんせい
《4が原義》
1 学問や技術・芸能を教える人。特に、学校の教師。また、自分が教えを受けている人。師。師匠。「国語の―」「ピアノの―」
2 教師・師匠・医師・代議士など学識のある人や指導的立場にある人を敬っていう語。呼びかけるときなどに代名詞的に、また人名に付けて敬称としても用いる。「―がたにお集まりいただく」「―、お元気ですか」「鈴木―」
3 親しみやからかいの意を含めて他人をよぶこと。
「ははあ―今日は宅(うち)に居るな」〈漱石・彼岸過迄〉
4 自分より先に生まれた人。年長者。
「年の賀も祝はれず、―にはあるまじきことなり」〈鶉衣・戯八亀〉

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