しばらくぶりに文庫本を読む.「京都の食文化」と題する佐藤洋一郎氏の著作である.氏は京大農学部ご出身の農学博士で,京都府立大の京都和食文化研究センターの特任教授を務めておられる.
京料理といえば和食の頂点に冠たる懐石料理を連想してしまうのだが,人類普遍のというよりは,京都の土地に根付いた極めてローカルなものだということが分かる.まぁ考えてみれば,京都オリジナルだからこそ価値があるのだろう.京野菜,川魚,お茶,水,昆布に鯖,食材は京都近郊や鯖街道を経て入手できるものばかりである.コシヒカリの元になった旭という米の品種も,元は京都で栽培された酒米だという.酒,味噌,漬物,鯖棒寿司などの寿司,和菓子,などなど,加工・調理にも専門性の蓄積がある.料亭の経営とは,料理の傾向に合った京野菜の栽培に始まり,出しを取る水や昆布も,付合せの食材も,更には食器や庭までも,客の要望に合うものを農家やお店や職人と直接会話しながら模索し続けるもののようだ.客も見識を問われる.一見さんお断りとは,京料理を知らずその維持発展に貢献するご意見を提供できないお客を相手に商売をすると食文化を健全に継続していけなくなる,それを防止する手立てなのだそうだ.ちなみに,懐石料理とは本来茶事の際に出される簡素なもので,フルコースだと数時間を要するそうだ.それを品数も増やして2時間程度に縮めたものが会席料理とのことである.また,茶道を通じてお茶と和菓子が発展したのはいうまでもない.
一方で,禅宗のお寺では精進料理を出すところが多い.仏教の不殺生の教義によるものと思っていたが,その起源は穢れを避ける古来の修験道の修行に遡るようだ.たんぱく源として貴重な大豆は日本原産らしい.豆腐や味噌や納豆に加工され,精進料理には欠かせない食材となる.また,玉子と鶏肉は「四つ足」じゃないので穢れの対象とならず,許容されるといことは知らなかった.昔は宿泊施設が整っておらず,武士などは専らお寺に宿を求めたらしい.その営業戦略の一環として,精進料理が発達したのだという.原動力となったのが「もどき料理」で,野菜や豆腐を肉や魚にみたてて話題となることを競ったようだ.なので仏教の教義とはあまり関係ないらしい.
美味しいものの話が続いたが,一般的な京都人はあまり外食をしないそうだ.忙しい商家が多いので,寿司やパンなど調理済食品は馴染むらしい.また,作り置きがきく煮物など(〇〇のたいたん)がおばんざいとして食される.普段は締まり屋で,節目のハレの日には由緒ある老舗のお店で招待客をもてなす,それが京都人の食生活の基礎になっているそうだ.京都人はいま,増えすぎた観光客が普段の暮らしに踏み込み,老舗を占拠して荒らしていることに憤りを感じているらしい.老舗のお店の方もまた,後継者不足で必要な食材の確保に苦労しているという.京都の食文化は日本人である自分にとっても羨望の対象であるが,利用・経験するときは長年の京都人の営みに敬意を払わねばなるまい.1000年を超えて洗練されてきた貴重な文化が今後も継続していけることを祈りつつ,それを忘れぬようここにメモ書きしておく.






コメント
コメントを投稿