昼前に図書館で予約の本を引取って,駅前で野暮用を済ませる.SC内の定食屋で昼飲みしはじめる.通路を挟んで向いのおじさんは一人で焼酎ボトルを飲み切ると言って注文したが,本当だろうか?飲みながら文庫本を読んでいるので,自分も借りた文庫本を読むことにする.
日本の漁獲高1位はマイワシで2位がサバらしい.サバ味噌やシメサバにサバ缶などなど,とても身近な魚である.しかし,近年は国産のサバは少なく,出回っているサバの大半はノルウェー産の大西洋サバのようだ.国産サバは獲りすぎで小ぶりになり,減っているらしい.両者は見た目も味も違うというが,そう言われてもピンと来ない.いざ,写真をググって比較してみると,国産のマサバが青っぽいのに対して,大西洋サバはシマシマが黒っぽくてくっきりしている.身の色も大西洋サバは白っぽくて脂が強いという.そういえば,思いの外脂っぽいサバがあると思い当たった.知らぬうちに食べているのだ.チェーンの定食屋やほか弁のサバも,たいていは大西洋サバらしい.
そんな訳で,実食はしなかったものの,サバを見る視線がやや鋭くなったかもしれない.それにしても,冷凍技術の発達のおかげで,遠く北欧で獲れたサバを食べることができるようになった訳だ.へしこにせずとも鯖街道を急がずとも,サバは美味い.ちなみに,サバ塩は680円税込だったようだが,ビールよりは日本酒だろうな?と思いつつお店を後にする.
さて,昨日に続き,新幹線に乗り込んで読む文庫本の話題は,サンマが食べられなくなるかもしれない事情や大間マグロのブランドの危機など,悲しい内容が続く.まだ先が長いので,静かな車内に感謝しつつ,もう少し先へ読み進んでみることにする.
大阪で用を済ませ,新大阪で飲みものとつまみを調達してのぞみに乗り込む.SUNTORYのジンビームハイはともかく,愛媛県産いよかんハイを買ってみたら,千葉県のメーカーである.北海道産スルメイカのつまみは神戸のメーカーだし,倉敷のメーカーのつまみに使っている落花生は中国産らしい.地産地消な食品ってなかなか無いのが現代日本の食品事情である.
日本の漁獲量の推移を示すグラフを見ると,自分が生まれ育った1960〜1970年頃は遠洋漁業が拡大していたようだ.本には書かれていないが,小学生の頃はクジラ漁が盛んで,昼メシのおかずによく,クジラの南蛮漬を焼いたのが出た記憶がある.牛肉より安価だったが,美味かったので好物だった.その頃に買って貰った絵本に,クジラ漁の船団の話が出ていた.荒波に揺れる船の舳先からもりを打ってクジラを仕留める絵が脳裏に残っている.クジラが捕獲禁止になった頃からマイワシの漁獲量が増えている.そして,その後は漁獲量が減る一方である.
思い返せば,淡路島で育った頃は肉より魚をよく食べたものだ.冷蔵冷凍技術や流通が未発達だったので,瀬戸内の地もの魚が多かったと思う.しゃけといえば,北海道の塩鮭しか記憶にない.サバは地ものしか無かったが,それも塩サバ焼か味噌煮で,生食することは無かった.近頃は寿司ネタの常連となったサーモンだが,高校の国語の教材で,シベリア抑留者が生鮭を食べて美味かったという話があった.当時の常識にない話だったので深く記憶に残っている.流通以前に日本の鮭は寄生虫が居るので生食はダメらしいが,美味いという先生の話で強い興味が湧いた訳だ.実際に食べるようになったのは,ノルウェー産のサーモンが出回るようになってからだったと思う.本によれば,とあるノルウェー人が本国でダブついていたサーモンを日本で寿司ネタとして売込む弛まない努力の結果,回転寿司から徐々に浸透したという.安価な塩鮭の代替ではなく,どうしても高価格な寿司ネタとして売込みたかったらしい.鮭ではなくサーモンというのはそれ故のようだ.今やあの薄ピンクな色合いが,にぎり盛合せやチラシに欠かせない存在になっている.一方で,宿屋の朝飯で定番の塩鮭は,今や大半がチリ産の銀鮭のようで,豊洲ではチリギンと呼ばれるらしい.サバといい鮭といい,すっかり輸入ものに取って変わっているのだが,意外に気にしていないものである.しかし,ノルウェー産の生サーモンも,近ごろはやや飽きてしまって最近はあまり興味がない.おそらく,品質が安定して,どこでも同じように食べられるからだろう.大きさや価格にバラツキがあっても,美味い地魚に出会える楽しみがもっと増えないだろうか?何処で海鮮丼を食べてもネタがほとんど同じなのは興醒めである.この辺は,著者も同感のようだ.
ところで,日本の漁業は相当な人材不足だという.特に長期間にわたって船に乗り続けねばならない遠洋漁業は,若い入職者が極めて希少で高齢化が深刻なようだ.建設現場に増しての3K職場で昭和なパワハラから抜け出し切ってもいないようだ.それでも徐々に変化はしているというので,希望を持ちたいと思う.美味しい魚が食べられなくなる,そんな日々を想像しても,到底耐えられないと切に思う.






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