日本は何故植民地にならなかったのか?という問いに対して様々な説があるようだ.幾度かあったと言われる危機として,元寇,戦国時代,幕末の3つが主なのころである.これらを何とか切り抜けられた要因として,軍事力の具備があるようだ.元寇は鎌倉武士の奮闘や防衛陣地の構築で上陸を阻止したこと,戦国時代は当時世界最大数の鉄砲を保有する軍事大国だったこと,幕末にも急ごしらえながら砲台や西洋式の軍艦などを整備して実際に薩摩藩は薩英戦争で英国海軍を撃退している.そのような軍事力を備えるには,経済力と生産技術力が必要であり,その基盤となる文化・教育の水準と普及が高度に進んでいたと言われている.
西洋における科学はキリスト教の知識基盤の上に発展したと理解している.宗教と科学は一般教養としての科学技術史で重要なテーマに位置付けられ,実際に,自分の親世代の知識人にはクリスチャンが少なくなかった.学生時代の研究室の恩師もそうだった.しかしながら,最近は科学の基盤は必ずしもキリスト教である必然はないように思っている.
日本政府の宗教統計調査によると,2021年時点のキリスト教系信者数は200万人弱となっている.もっとも統計調査は重複カウントがあり信者数の合計は約1.8億人と総人口の1.5倍程度になっている.一般的にはキリスト教の普及は1%程度に留まっていると言われる.何故これほど普及しなかったかという説明によく引き合いに出されるのが「ザビエルの手紙」という,戦国時代の日本で普及活動を行ったザビエルが,本国スペインのイエズス会宛に書いた報告である.そこには布教活動への当時の日本庶民の反応が記録されており,彼らの知的水準の高さやキリスト教の限界が垣間見られて興味深い.要約すると,下記の2点である.
・デウスの神は本当に善か?
悪人を地獄に送り永劫に閉じ込めて救済しないのは何故か?そして,死者を救済できないとすれば自分達の先祖を助けることができない.なぜそんなに無慈悲なのか?
善人も悪人も全ての救済を目的とする仏教の教義と,創造主への絶対服従が前提になっているキリスト教の教義の根本的な違いが問われているように受け止める.ザビエルはこれらの疑問を解消することができないことを悟り帰国したという.一般庶民層の知的水準が高かったことを示す査証とされる.そもそも布教活動はスペインの軍事征服の前哨戦だった訳である.秀吉や家康がそれを理解して,バテレン追放令や禁教令・鎖国などの政策をとったことも,その後に独立国として文化・教育水準を向上させる方向に働いたのだろう.但し,幕末には産業革命を経た西欧諸国の生産技術には敵わなかった.
厳しい自然を征服することで発展してきたのがキリスト教のような一神教だと言われるが,人新世に入って,自然と共生してその恵みを享受せねばならないという今後の人類の知識基盤として適切なのかと,年々疑問が高まるところである.人類のグローバルな活動が拡大し,地球温暖化は先進国も発展途上国も全て含めて解決せねば出口がないという.今年は特に世界情勢が緊迫する見通しである.侵略の脅威を何とか免れてきた日本だが,今後も独立を保って生き抜くために必要な知識基盤と施策が,更に世界に負けず維持強化されることを祈る.

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