日本史の史料を読み込んだ学者先生の,素人向けの解説を読んでみた.中高で学んだ日本史が真実とは限らないというのは,大学1~2年生の教養部時代に学んだのだが,それは証拠が少ない古代史の領域だった.あれから40年以上経って,日本史学の研究も進んでいるようだ.いろんな説や意見があるのだろうけど,あらためて日本史を振返ってみると,教科書的な定説にリアリティがないことがよく解る気がした.中でも著者が専門の中世は,日本国の成立ちを理解する上で,古代国家の成立と並んで,とても重要な時代である気がする.日本の国土・国民がひとつにまとまるには,長い年月が必要な深い訳がある.日本国土の東西二元構造は,とても根が深いものだと,あらためて感じる次第である.
律令を制定したところで,公地公民制なんて運用できなかったから,私有田を追認せねばならなかったのが奈良時代である.土地は天皇のものという建前をすり抜ける仕組みとして,荘園が一般的になったのが平安時代だ.建前はそうであっても,特に貴族の感心が薄かった関東では,土地を実力で守らねばならなかったので,武士の世となり鎌倉時代を迎える.室町時代は農業経済から貨幣経済への移行期となり,戦国時代には領国の一円知行が実現していく.江戸時代になって,ようやく関東も開発されて経済的な繁栄を迎える.ところで,脱線するが,人は死ぬと閻魔大王の裁きを受けるとは,よく聞くことである.閻魔大王は冥界十王のひとりのようだ.人は死ぬと順次十王の裁きを受けるという.諸七日に受けるのが秦広王の殺生の裁きである.その後7日ごとに,初江王の盗み,宋帝王の邪淫,五冠王の嘘,の裁きを受けて,35日目に閻魔大王に六道のいずれに輪廻転生するかの決定が下るそうだ.閻魔大王は天国と地獄の2択だと思っていたのだが,実は選択肢が6つもあるらしい.知らなかった.その六道とは,天上,人間,修羅,畜生,餓鬼,地獄を指す.その後は変成王の裁きを経て,泰山王の裁きが49日となる.ここで来生の姿や寿命が決まるらしい.その後は100日,一年,三年まで裁きは続くが,これらは経過観察のようだ.法要は個人が無事に良い裁きを貰えるように祈るものだそうだ.そんなこととは知らなかった.


コメント
コメントを投稿