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文庫本:メンタル脳

しばらくぶりに文庫本を読んだ.同時に借りていたレヴィストロースの野生の思考は,2ページ読んだところで返却期限となった.ともかく文字が小さすぎて眠くなるので断念した.

それで,メンタル脳の方は,スエーデンの精神科医が著者である.脳の働きと性質が分かりやすく説明されている.もちろん読んだのは日本語訳だが,文字も大きくて文章も読みやすい.同じ著者のストレス脳を中高生向きに書き直した本らしい.日本に限らずメンタルがやられる若者が多いというのである.

脳は人間を生き延びさせるのを最優先に働いている.人類がサバンナで集団生活していた頃から,脳は変わっておらず,今でもそんな場所で暮らしていると思っている.不安や鬱は防御機能であり,常に不安を感じるのは,それがサバンナで生き延びるために好都合だったからである.孤独を感じるのは,その頃に150人ぐらいで集団生活していたからだ.サバンナで独りはぐれると,ほぼ確実に生き延びられなかったのである.

感情は,身体の内外で起きていることをとりまとめ,瞬時に逃げるなどの行動を起こさせる.サバンナの人類は現代人よりずっと多く身体を動かしていた.身体の健康と心の健康は,感情を介して繋がっており,身体運動による良いシグナルは不安や鬱を解消する.脳は真実よりも生き延びるのに有益なストーリーを優先するので,記憶は常に都合よく書き換わる.同調圧力は,群からはぐれないよう脳が取る戦略である.いつも幸せを感じていることはできない.そうなれば,たちどころに生き延びることができなくなるからだ.

概ねこんなことが書いてあった.何故これが中高生向きかというと,不安や鬱を感じるのは自然なことであり,それへの対処法があることと,自分で対処できないときは治療の手立てがあることを知らせるのが,この本の目的だからである.

日頃はひたすらデスクワークが続き,身体を動かす機会はほとんどない.ただ,昼飯を食うとしばし幸せな時間となる.ただ,それが長続きせずに直ぐ消えてしまう訳も,分かる気がしてくる.

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